2020年3月27日金曜日

Cuba, 2007

311のときもそうだったけれど
スーパーやコンビニの棚がガラガラ、などどきくと
2007年にキューバを旅したときのことを思い出す。

奄美・沖縄、そしてカリブ海〜ブラジルと、
サトウキビプランテーションの島々を巡る旅の途上で。

いまはどうなのか知らないけれど
当時のキューバはほぼ配給制、
食堂も配給手帳で食べられる店と
外国人が入れる店とは分かれていて
観光向けの店はまあまあいいお値段、
低予算の貧乏旅行だったので
夕食をかんたんに済ませようと
ちょっとした商店に入って
なにか食べれるものを、と物色するも
薄暗い店内の棚はみごとにガッラガラ・・・

そこで唯一手に入れられたのは
ビスケットとパックのフルーツジュースのみ。

そんなわけで、
その日の晩は友だちと3人で
ビスケットとたしかJugo de Guayava(グアバジュース)のわびしいパーティを
することになるのだが、
それはそれで
いまとなってはいい思い出・・・

やっぱり
あのとき以上のガラガラの棚は
以後世界のどこでもお目にかかったことがないし、
キューバの帰りに
トランジットで立ち寄った
バンクーバーのスーパーの
物量と照明とピカピカの果物や野菜の
なんと眩しかったことよ・・。

ちなみに、後日談として
うちにちょいちょい来ていたキューバ人というのがいるのだが
彼がほぼきまって持ってくるのは
ビスケットとフルーツジュース・・・😂

たとえ棚にモノが増えたとしても
やっぱり人間、
慣れ親しんだものしか目に入らないのかも・・・
と、なんだか毎度ひとりウケてしまう
ネタなのであった。

なんかこう、
コロナウイルスで
新型肺炎とはまったく関係のないトイレットペーパーを
一目散に買いに行ってしまう心理?本能?と
どこか通ずるものを感じるというのか笑

それか、完全なる神のいたずらか😂

いや〜人って、おもしろいですよね。。。

それはさておき
ガラガラだった棚とは対照的に
街を満たしていたのは
そこかしこで奏でられる
音楽とダンス。

なんというか
キューバにももちろん光と影があり
それを必要以上に理想的に語ったりするのは
そこに住んでいるものでないかぎり
あまりしたくないのですが

それでも
人類の行き着く先の答えは、というか
人類が地球でできるいちばんの貢献、
なんてものがもしあるとするなら
歌うか踊るかだよな、と
やはり思う。

”歌え踊れ”

奴隷制による
サトウキビプランテーションから
逃れた逃亡奴隷の末裔たちが生み出してきた音楽/芸術。

人としての尊厳が
これでもかというほどに踏みにじられ
それでも奪われることなく
受け継がれた
生きる、ということへの全き肯定。

”歌え踊れ”

澄んだ星空の夜に響いていた
バヌアツの
女性たちの歌声が
忘れられない。


☆最近聞いている Trío Matamoros "Son de la loma"
(わたしはsalsaよりも、断然son派。)