2018年6月6日水曜日

ブラジルから帰ってきたのが2009年の夏。

そこでそれまでやっていたことがあとかたもなく終了し
なんにもなくなって途方にくれていたときに
「ヨガ」というキーワードがおちてきたのが2009年の秋。

石井ゆかりさんの筋トレとサビアン占星術にであったのもほぼ同じころ。

なかなかしっくり来るヨガ教室がないな〜と思いながらようやく通える、と思えた赤根彰子さんの教室に通いはじめたのが2010年のあたま。

あきる野に引っ越してSpece”Be”に通いはじめたのが2011年の春。

リシケシュのスワミ・ラーマ・アシュラム(Swami Rama Sadhaka Grama)へ行ったのが、2011年の秋。イニシエーションでパーソナルマントラをもらったのもこのとき。

ここから7年、いろいろ横道にそれ、寄り道をし、いろいろと駄々をこねながら来たのだけれども、ここにきてよーーーーうやくようやく「ヨガ」というもの、その伝統に連なること(その代理者となること)を、ほんとうに受け入れてもいい、と思えてきたような感じがする。

今かい!!!!!

と自分でもツッコミを入れたくなるけど
どうしてもそのキャラに、自分で納得いかなくて笑

だって瞑想して生きるって、なんか、ねぇ?冴えないっていうか、もっと生き生きとしたなまなましい人と人のやりとりのなかで人間らしく泥臭く生きたかったんじゃないの?そっちいっちゃったらおしまいだよ!!みたいな気持ちがどうしてもぬぐいきれなくて、その気持ちを払拭するのに、自分自身で納得するのに7年かかりました笑

山に登りたいんだか降りたいんだか、どっちなんですか!っていう😂

7年かかって、”わたし”という生命が、なまなましい人と人のやりとりのなかで生きるには、そこで生きるからこそ、ヨガとか瞑想とか宇宙とかそういうものが生活のなかにあることが必要で、もしそれがなかったらあまりにも無防備でとてもムリ、どうにかそれなしでできないもんかとさんざん試みてみたけど毎回死にかける・・・ということにほんとうに自分で肚の底の底から納得がいって、今は身体がもう勝手にそっちに動いている。

5月の11日〜13日はあきる野でスワミラーマアシュラムからスワミを招いてのヨガリトリートへ。
こないだの週末、6月2〜4日は姫路の書写山で身体感覚講座と瞑想会。
きのう5日はFIVE ELEMENTSで伊藤先生のシヴァ・サンヒターの講義(←最後のシャバ・アーサナがめっちゃいい)。

なんだか一気に舵がそちらに、きられた感じ。

ようやく地球的な「学び」ということに自分の心が開いた、といってもいいのかも。地道に重ねてきた人類の歩みに連なること。それを受け入れること。

ヒトとしてふたたび生き直す下準備に7年(9年)かける自分の辛抱づよさに感心するやらあきれるやら(笑
ほんとーーーに自分が納得しないと動けないしやらないというこの徹底ぶりは、いったい😅

とはいえ、逆にいえば、これからがたのしみ。
ようやく心身魂が手を取りあってうごいていけそうな。
は〜〜ながかった!!

・・・とかいって、また半年後になにいってるかわかんないけど、ひとまずいまの心境。そんなかんじ、です♪


Shosa-zan (Susa-yama), Himeji, JUN2018